「あぁぁ、あの時は頑張ってたなぁ~」とか「あの時は努力していたな~」と、振り返った時に感じるものであって、現在進行形で思っている時点で失格、まだまだ足りないし、力を出し切っていない証拠だと思ってる。まだ未来形で使うなら良いかもしれない、これから頑張って進んでいきますと言う意味なら理解できる。
自分が19~24才までの5年間と言うのは、必死だった。世の中の出来事がこの5年間空白なのだ、好きなスポーツも、芸能人、ドラマ、ニュース、世界情勢、政治も経済も何もかも知らないし憶えていないのだ。19歳ー24歳の間だけ、自分の中の歴史が空白。まるで檻の中にいたように。
何をしていたかと言うと、練習していた。他人が5年で覚える仕事を自分は3年で覚えようとしていた。みんなが人の3倍練習するのなら、自分は5倍練習していた。当時の先輩は理論的に質問しても答えれる人は皆無で、いつも「いいから見てなさい」だった。僕は理論的に人に説明できるようになりたかったのでノートに書き留める作業もし、休みの日は他のサロンやメーカーさんを尋ねて理論的な答えを求めでかけたし、もちろん講習会も参加し休日でも練習しにサロンへ行った。
間違っても、その5年間の間は「努力してるぜ俺!」なんて一度も思わなかった。「これでいいのだろうか?」と不安だったし悩みながら進んで、不安解消のための練習だったりした。教える事によって自分も復習になり技術アップする事を覚え、進んで後輩指導をした。
もし、この時に「俺は頑張っている」なんて自画自賛していたら、今の自分は無かったような気がする。いつも上を目指して満足することなくコツコツと一歩一歩、頭を使いながら体もつかい練習していたから人より早く技術を身につける事ができたと思ってる。
今、当時を振り返って初めて、あの時は努力してたなぁ~頑張っていたんだなあ~と言える。
お客さんで税理士さんがいる。ブリスベンを拠点に世界中を飛び回っている素晴らしい方である。関西出身だからなのか、巧みな関西弁で場に和みをかもし出すテクニックも素晴らしい。この方も、やはり25歳前後に5年くらいは世の中の事が分からない空白部分があると仰っていた。30歳代後半~40歳代後半にかけてある程度の地位にいる人というのは、我武者羅に頑張って努力をしていた期間が25歳の頃に3~5年はあるのでは無いかと、僕は分析する。しかし当時は頑張っていたという自覚は無いのだ。
もしかして人生の基盤である25歳前後に我武者羅(がむしゃら)の時期がある人と無い人では40歳頃になって差がでるのではないか。周りの知人でも大学~20歳代後半にかけて合コンなんかで遊んでいた奴らは30歳代後半で差がでてるような気もする。もちろん全部が全部ではないが。
自分は今どうだろうか、見つめなおす機会があった。間違っても今のじぶんには、頑張っているかどうか感じている余裕がない(良い前兆だろう(笑)) 周りの人達は「Yasuはコツコツ努力して偉いね」って言ってくれる人がいるが、滅相も無い!とんでもないです。僕が本当に努力していたら、僕のイメージ通りに進んできていたら、悪いけどこんなもんじゃないです(笑) 凄い人物になってるよ~(爆)
結局人間って弱い生き物で、コツコツやってはいるのだけど不安になるときがある。でもそれを払拭させるために練習だったり勉強だったり。お金を頂く状況で失敗は許されないし最高の技術を提供して、それで初めてお金を頂ける。その時の為に、不安を取り除くためにコツコツ何かをやっているわけで、それは努力と違う、一生懸命頑張っているなんて口が裂けても言えない。学業もそうだろう、社会にでて仕事相手に対してお金を頂ける技術と知識を身に着けていないと恥である。
きっと5年後、自分を振り返って見た時、「あぁぁ~あの時は頑張っていたなぁ~努力してたよなぁ~」と言える自分になっていたいと切に思う。
でも他人には声をかけてしまう「頑張ってね!」ってね(汗;
嫌いな言葉だけど、便利な言葉。過去形で使うには最高な言葉だし、他人に応援したい時に使うには便利な言葉。。
5年後に使いたい言葉 「一生懸命頑張ってたなぁ~、あの時」
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