この英語の先生、正しく恩師である。この先生がいなかったら僕は高校3年間で卒業できなかっただろう・・・。物理なんかは学年トップだったこともあるのに、英語はいつも赤点・・・。通信簿に本当に赤のボールペンで「1」って書かれるのだ!
物理も化学も生物も・・・教科書を読むだけで頭に入る。本気で勉強したら学年トップになれるのもわかった。僕の頭の中は理系なのである。大学も理系の大学へ進みたかったし、数字は珠算2級を小学生のうちに取っていて暗算もスラスラできていた(今は無理(笑))。しかし、大学入試には英語が必須である。。。
中高の6年間は「僕は日本人だから英語は必要ない」って豪語してて(笑) 世の中理科と数学だけの授業だったら俺は東京6大学行けるよなんて生意気な事も言ってた(笑)
結局は英語のお陰で大学へは行けなかった。無理やり受けて入学できても5流大学がやっとで、就職できても小さな会社で出世は無理・・・そんな人生つまらないじゃん!って思って。でも手に職だったら5年や10年辛抱して、自分が店を出したら社長だよっ!ってことで理美容の世界に進んだ。両親もサロンを経営してたしね。
理美容専門学校へ進んだら、授業に英語は無い。生理解剖学やら物理科学、皮膚科学、伝染病学、など等、理系人間の僕にとっては簡単で仕方が無い、ちょっと勉強すれば100点だったし、当時の成績証明書をみたら殆んどが90点~100点なのである。英語が無いというのは、なんて居心地がいいのだろうって思った。
それが、ヨーロッパ研修旅行なるものに参加して英語の大切さを痛感した。「だから英語が必要なんだ!」というのを19歳にして身体で体験したのである。
社会人になって中学1年生の教科書と参考書を取り寄せて勉強をした。しかし理解できるのは最初の3ページまでだった(笑) 理美容師の修行というのは想像を絶する忙しさなので英語の勉強なんてする暇もなかった。30歳を過ぎてからやっと英語を勉強できる環境がでてきたのである。
そんな英語駄目人間でも今はこうして英語環境の中で生きてるんだからね~。人生と言うのは分からないものである。
今、僕は高校時代の川△田先生に会いたい。英語で家に電話したいよ
「G’day mate!」 ってね。
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